憧れの北岳バットレス 貸し切り登攀の幸せ
2022年10月14日 メンバー:YoidoreYamaoyaji、Prin、Masarun
クライミングを始めたころから夢に見た北岳バットレス。本邦第二峰である北岳(山梨県、3193㍍)の山頂に突き上げる標高差約600㍍に及ぶ大岩壁だ。そんな憧れの岩場の前に立ち、朝焼けに輝くピラミッドフェースを仰ぎ見る。まさに夢心地である。
【絶望味わう離陸 Dガリー大滝】
午前7時、Dガリー大滝のルートに取り付くMasarunさんのフォロー体制に入る。あっという間に「登ってください」のコール。Prinが取り付く。つるりとして、手指がしびれるほどに冷たい岩肌に苦戦するも、何とか離陸。その後はするすると登っていく。私も最初の一手が決まらず難儀したが、とびきりのテンションをもらって何とかしのいだ。一時は「ここで2人を見送るのか‥」と、絶望の淵を味わい、早くも現実の厳しさにへこむ。
そんな私のピンチはお構いなしに、二人は終了点で楽しげにおしゃべりをしていて、ちょっとむかつく。終了点は信用ならないハーケンばかりで、松野がカムでバックアップを取る。2ピッチ目は出だしのスラブを右斜めに超え、あとは直上。広くて平らな終了点に出た。雲一つない青空のもとで少しだけ余裕も生まれる。
Dガリー大滝の登攀は3ピッチで終わり。横断バンドをロープ確保で右に渡ると、白い石が引き詰められた川のようなCガリーにぶつかる。ガレの際を一登りすると、「4尾根」を印す古い赤ペンキを見つける。傾斜の緩いヒドンスラブの登り口だ。そこを越えると、いよいよ第4尾根への取り付きだ。見晴らしが良く、小さなテントなら2張ぐらいは張れそうなテラスになっていた。
【4尾根へ 紺碧に映えるピラミッド】
腹ごしらえを済まして、スタート。ここも離陸が少し難しいが、Dガリー大滝ほどではない。つるりとした出だしのクラックを越えれば傾斜も緩く快適だ。続く土のバンドを越え、11時に白い岩のクラックの取り付きに到達。高所特有の紺碧の空に、ピラミッドフェースの美しい頂点が映える。
下から雲が湧いてきたと思ったら、みるみる覆い尽くされてしまった。本来、ここからが撮影ポイントが目白押しなのに、モノトーンの世界に一変。緩傾斜のクラック、フェースからリッジ、マッチ箱へのリッジは、高度感抜群のハイライトだ。でも取り巻く雲のベールで高度感はまるでなし。おかげで左右ともスパッと切れ落ちるリッジも、わりと冷静に登ることができた.
マッチ箱の頂点から20㍍ほど懸垂下降したところで小休止。その後、枯れ木のテラスまで2ピッチで到達。テラスとはいうものの、3人同時にいるには、あまりに狭く落ち着きが悪い。いよいよ高度感抜群、ツルリとした一枚岩のトラバースだが、その前に、このテラスから一歩踏み出すのに、まずは勇気が必要だ。股下には何もないからだ。一枚岩に取り付くと、薄くてもろいリッジをつかむ。蟹の横ばいよろしく、シューズのフリクションを効かせて突っ張りながら、そろりそろりと横へ移動。今度は大きな割れ目をまたぐ番だ。間隔は1㍍ほどだが、雲の中とはいえ足下に何もないことは分かる。緊張の場面である。どうやって渡ったかは、よく覚えていないが、無事にわたりきったことは間違いない。
【最後の試練 城塞ハング】
Masarunさんいわく「2010年の崩壊前なら、枯れ木のテラスが終了点、あとは普通に歩いて頂上に出られた」とのこと。いまは、さらに難関の城塞ハングが待ち受けている。その今西さんがトップで取り付き、城西ハングのチムニーの中に姿を消した。そしてまもなく、「解除」のコール。ピッチは短い。
続くPurin。一段上がったところのハングで苦労する。いろいろ試しているが結局、右側の岩壁に背中を押しつけ、突っ張りながら、ずるずると体を持ち上げることに成功した。安定した体制に入ると、その後は苦労もせずにクラックの中に消えた。続く私も、同じように背中フリクションで体をずり上げて突破。暗いクラックを抜けると、明るい灰色の空から、こちらを覗くMasarunさんの顔が見えた。「来たね」と声をかけてくれたMasarunんの顔が、天使のように見えたのだった。
登攀終了は15時。目安にしていた時間より2時間遅れだったが全員元気で、まったく問題はない。あとは「ビクトリーロード」を歩いて、頂上を目指すだけだ。とは言え急登で、体は重い。でも心は軽いのであった。45分ほどで北岳山頂3193㍍に到着。相変わらず雲の中ではあるが、記念撮影を済まして、足取り軽く下山を開始した。
【3度目の正直】
バットレスのチャレンジは、今回が3度目だった。1度目はコロナ禍が世界を覆う前に進藤さん、橋口さんの4人で挑戦するも、雨で下部岩壁の1ピッチであえなく敗退。それから数年、今年の9月に、今西さんとの3人で2度目を計画。またしても雨で下部岩壁までの下見で終わり、祝杯を上げるはずがやけ酒に。そして今回、3度目のチャレンジで見事リベンジを果たすことができた。これも2度も我々に付き合っていただいたMasarunさんのおかげです。感謝しかありません。
夢のバットレスに向けてトレーニングを積んできました。これまでの岩トレ全てが試されました。我々だけでは力不足だったと実感した場面が度々ありました。ただトレーニングはけっして無駄ではなかったとも思っています。登攀したからこそ言えることです。的確な支点確保やルート取り、ロープさばきなど、実践を積まなければ身につかないノウハウを今回、Masarunさんから学べたことは、かけがえのない経験でした。さらなる精進を心がけたいと心に誓いました。
Masarunさんは今、労山都連盟の教育担当の理事として、若手クライマーの育成に尽力しています。微力ですが何か協力することを通して、今回得たことの還元ができればと願っています。
【備忘録】
本チャンでは真っ直ぐなルートどりは少なく、アルパインヌンチャクを多めに用意するのが有効。カム類はキャメロット1~3とその中間を2、3個、2人でダブらないように持参。使う場面はそれほど多くはありませんが、けっこう助かりました。ハンマーとハーケン数個は緊急用にMasarunさんが持参してくれました。